ちゃびーの小部屋

ちゃぶ台返し女子アクションと語る「女性らしく」から「自分らしく」へ

出産と根性論。

まだ妊娠も出産も経験したことのない立場ですが。。。

 

これから妊娠、出産を控える者として、常々疑問に思っていることがありました。

 

女性ならば何度か聞くことがあるであろう「お腹を痛めて産んで初めて母になれる」という言葉。

 

この言葉から日本人の大好きな「古き良き根性論」が見えてくるのは私だけでしょうか。

 

運動中に水を飲んではいけない(これはもうさすがにないと思いますが)など、非科学的にも関わらず苦しいこと、辛い事に耐えてこそ成長ができるというような考え方やまたそれを美化する、日本人である以上、触れる機会の多い根性論。

 

根性論全般が完全に悪いと言っているわけではなく、もちろんそこから成長できる場合もあるかもしれませんが、苦しい思いに耐え忍ぶことが偉いという傾向が日本の出産事情においてもみられると思うのです。進歩した医学によって苦しみを軽減することができるのに、なぜ日本だけは普通分娩にそんなにこだわるのか、痛みに耐えなければ本当に生んだことにはならないというような風潮があるのか不思議でなりません。

 

帝王切開や無痛分娩で出産をされた方は、日本では責められることがままあると聞きます。同じ出産であるにも関わらず、なぜ出産の方法が違うというだけで「あの苦しみを経験していないならだめだ」というような責められ方をしなくてはならないのでしょうか。それに、「お腹を痛めなければ親になることができない」というこの論に則れば、陣痛も、つわりさえも経験することのない男性は一生親にはなれないということになるのではないでしょうか??

 

古代は外科手術も麻酔なしで行われ、患者は激しい痛みにただひたすら耐えるのみでした。現代の医学では麻酔を使用することは当たり前です。妊娠は病気と違う、と言われるかもしれませんが、なぜ出産だけは医学の進歩の恩恵にあずかることがそんなにも悪いことのように言われるのでしょうか。

 

私が住んでいるスイスでは無痛分娩がスタンダードであるのは勿論のこと、帝王切開も通常の選択肢として広く普及していて、その選択をした人が責められることはありません。日本の産科には自身が実際に出産を経験することがない男性医師が多く女性医師が少ないという状況も、この古い考え方から変わっていかない理由の一つとしてあるようです。欧米が何でも良いと言っているのではなく、もしも日本独特の考え方のせいで普通分娩以外の方法で出産された女性が肩身の狭い思いや悲しい思いをしなければならないことがあるのならば、それはやはりあり方を改められるべきではないかと思います。

 

これから産む者として、どのような選択をしたとしても、それが責められるようなことがない環境が日本でも広まればいいと願っています。